this worthless life

思ったことをそのまま書きます

『フラニー/ズーイ』 感想

日曜日に『ブレードランナー2049』を観に行った。

その前の日、偶然以前bsで録画しておいた『ブレードランナーファイナルカット版』があったので聞いたら「名作だからDVDを購入した」と言ったので、削除する前に観ておいた。うーん、私にはいつまでたってもブレードランナーの良さが分からない。ファイナルカット版と劇場公開版はラストの風景が違うが、どちらかと言えば劇場公開版のラストのほうが好きだ。ファイナルカット版は部屋を出ていくシーンで終わる。劇場公開版は草原が広がる道を車で走り抜けるシーンで終わる。

それで『ブレードランナー2049』

うーん、☆3.5くらいかなーと思っていたら、隣に座っていた人が「非常につまらんものに仕上がっていた。あれはライトノベルか?SFとしたらお粗末だ」と言いながら出てきた。車に乗ると、運転しているあいだ中「だいたい放射能が強く残っているのに20年も生きられるわけないだろう。あんな廃屋のホテルで、なんで電気がつながっているんだ。あそこで蜂を育てていたが育つわけないだろう」「あれ蜂だったの?蜂は太陽と植物がないと無理だから何かの虫かと思ったけれど」「蜂だ。箱があっただろう。生命体を何だと思っている。周りがいつも暗かったけれど、時間設定は夜に限定しているのか?」話を聞いていたら、☆3.5がぶっ飛んでしまった。

それで映画『ブレードランナー2049』の感想は書かずに、昨日読み終えた『フラニー/ズーイ』の感想を置こうと思います。

サリンジャーは精神状態がまともな時に読まないと大変なことになってしまう。『ライ麦畑でつかまえて』は精神状態が最悪な時に読んで、とてつもなく鬱屈した気分になってしまった。今は比較的正常です。

サリンジャーは『ライ麦畑でつかまえて』が有名ですが、『フラニー/ズーイ』のほうが個人的には断然好みです。我が家にあったのは『原田敬一訳』。古いせいか『かたわ』という差別用語が何度も出てきます。『豆博士』の番組に出ていた博学で容姿端麗な家族。聡明ゆえに様々な矛盾や欺瞞に気付いてしまう。両親やフラニーの恋人、大学そして社会。彼らは相手が社会的に見て素晴らしい人間 を望んでいる。誰に紹介しても恥ずかしくない人間。そんな異常な中で自分たちはこんな『かたわ』に育った。どうすれば幸福ないい子になれるのか。まわりは欺瞞に満ちている。

<太った婦人>のために靴を磨け。<太った婦人>のために滑稽であれ。だれもが<太った婦人>なんだ。

最初はフラニーの異常な会話から始まりますが、この小説のかなりの部分をフラニーとズーイの会話で占めています。

紛れもなく名作です。この小説を読んでサリンジャーをもっと読みたくなりました。

 

 

 

いつも音楽があった

 今週のお題「私の癒やし」

10月初めからつい最近までこの3週間、完全にメンタルをやられていました。

数ある箱からなぜこの箱を選んだのか。とんでもないババを引いてしまった。

ストレスから呼吸困難の過呼吸症候群になり、右手指が痺れ、手をぶらぶらさせて強く息を吸ったりはいたりしていました。夜は眠れなくなり息は苦しい。ふわふわの羽根布団にくるまれていたい気分なのに、じっとしていると様々なことを考えてしまう。お坊さんQandAサイトhasunohaを読みながら何とか生きる指針を見出そうとし、すべてのことには意味があるのだと考えようとしました。最近やっと精神状態が元に戻りつつあります。やはり思い出すと呼吸が苦しくなりますが。

その間、hasunohaサイトを読みながら聞いた曲。音楽はいいですね。最高の癒しです。

 

まず ジュディコリンズ「both side now」

Both Sides Now(青春の光と影) - Judy Collins - 訳詞付き

この曲を一番よく聞きました。

太陽からみた雲と地上からみた雲。どちらから見ても雲のことはよくわからない。月と6月と観覧車。太陽と月がずっと繰り返すように、6月(アメリカの卒業式のシーズン)と新たな出会いも繰り返され、観覧車も回り続ける。若い頃は夢や未来の計画やサーカスを見るようにドキドキした驚きや楽しさが人生にあった。思うような人生ではなかったかもしれない。人生はどこから見ても私にはわからない。

 

スケーターデイビス 『この世の果てまで』

The End Of The World - Skeeter Davis - 訳詞付き

次によく聞いたのがこの曲。

 

ダイアナロス 『マホガニーのテーマ』

Do You Know Where You're Going To - Diana Ross - 訳詞付き

ダイアナロス全盛期の頃、ネスカフェのCMで使われていました。

 

ベットミドラー『the rose』

The Rose - Bette Midler (歌詞字幕)English & Japanese Lyrics

昔々、深夜放送でよく流れていました。

 

音楽は究極の癒しです。若い頃聞いた音楽は身体に染みついているせいか、どうしようもなくなった時生きていくチカラになりました。

 

 

 

 

 

 

 

映画 『あゝ、荒野』 感想

寺山修司は好きではなかった。

若い頃、『書を捨てて町へ出よ』を購入して読んだ記憶があるが、中身は全く覚えていない。何がいいのか全く分からなかった。

ひと昔かふた昔前に『田園に死す』が名作だからと言われ、レンタルビデオ?(まさか購入していたのだろうか?)を観たが、うっと暗い不気味な映画で全く理解できなかった。寺山修司とは二度と関わりたくないと思った。

10月の3連休に寺山修司好きの配偶者から『あゝ、荒野 前編』の映画を観に行こうと誘われ、暇だったからついていった。退屈だったから。

あしたのジョーみたいだから」

あしたのジョー』は私は知らない。

寺山修司(嫌い)× ボクシング(興味ない)

1人だったら絶対に観ない映画だった。

これが、予想に反して大当たりでした。

そして昨日後編を観てきました。

今年観た最高の日本映画でした。

父親の自殺。そして母親に捨てられ、成長してからは老人相手の振り込め詐欺をしていた。あるとき友人に裏切られ、自分は少年院に移送され、別の友人は半身不随になってしまう。外に出てきた時、天涯孤独になった彼はボクシングジムの前でチラシをもらう。同じくチラシを見て希望してきた散髪屋の吃音の青年がいた。

友人を憎んで復讐するためにボクシングを始める新次。自分を変えたいためにボクシングを始める健二。

強く憎んだ方が勝つ。

前編は新次と健二の孤独な過去の話になります。そして死にたい人を集めてほう助して、公開自殺をしようとする自殺研究会の人たち。

そして後編。

競馬場のシーンから始まります。

「馬の隣に書いてある名前は?」

「馬の父親と母親の名前だ。馬は血統が大事だから、血統のいい馬が勝つ。しかし俺は血統なんか気にしないで、そうじゃない馬に賭けるんだ」

「そのまま行け!ほら!勝ったじゃないか!」

「俺は負ける奴は嫌いだ。運のないやつも嫌いだ」

前編で出てきた人たちが後編では全て何てらかのつながりがありました。

孤独な人間たち。やるせない思いをボクシングに賭ける新次。

生まれ持った血統なのか才能を表す健二。健二の根底にある贖罪。そして新次の根底のどこかしらにあった憎悪。

新次の脳裏に、屋久島のような場所で白い鳥を見ている姿が現れます。

本当はボクシングじゃなく、そんな自然の中の平和な姿を望んでいた。

「ふりかえってみても夢はない」

憎むことによって勝ち進んできた新次。

生まれ持った才能はあるが、憎むことのできなかった健二。

孤独に生きる人たちの姿が描かれています。

今年ナンバーワンの日本映画でした。 

菅田 将暉を初めて見たのは、さだまさしの自伝ドラマでしたが、あっという間に良い俳優になりましたね。

 

昼ドラ 『やすらぎの郷』 感想

やすらぎの郷』が始まった当初、はてなブログで話題になっていて連ドラ予約をして観ることにしました。

倉本聰さん脚本の秀作ドラマでした。

野際陽子さんが最後まで出演していました。八千草薫さんを久しぶりに見ました。いつまでたってもお美しいですね。懐かしい俳優さんが多くでてきます。

舞台は老人ホーム。テレビ界に功績のあった人が無料で入れる。しかし社員だった人は入れない。

あの女優さんを孤独死にさせたのは自分のせいではないのか?

その後悔からこの老人ホームをつくった。

富士真奈美さんの『セールスマンの死』の話。

普通のサラリーマンだった男が『セールスマンの死』の舞台を見て俳優になろうと決意をする。アクターズスクールに行くにはお金が必要だと思ったから、がむしゃらに働いて社長になった。そしてある日、小さな劇場で70歳を過ぎた彼は『セールスマンの死』の主役になった。

 

最終回は見ごたえがありました。

 

あそこに一本の樹があるだろう。あの素晴らしい木を根元から切って、自分の庭に移そうとしても立たないのさ。木は根があって立つ。根は見えない。見えないからみんな忘れてしまう。忘れてしまうから、あの枝ぶりとか葉っぱとか実とか花とか、そういうものばかり大事にしてしまう。そういうものを大事にしなきゃ、いいドラマはできない。

 

樹は根に拠って立つ  されど根は人の目に触れず

 

嬉しいとき、悲しいとき、腹が立ったとき、泣きたいとき、賛成も同意もいらないからただそばにいて話を聞いてくれ、頷いてくれる話し相手がいた。人には誰しも話し相手が必要だ。

 

仕事も引退し、年をとり、配偶者を亡くし、その後の生活はどうなるのだろう。やりたいことをやる。富士真奈美さんの語った『セールスマンの死』。年齢なんて関係ない。

しかし、そのやりたいことが見つからないとき、もうすでに様々なことをやり終えたとき、家族がいない一人ぼっちになった孤独感はどうしようもないだろう。

人を本気で愛すること。年をとること。仕事を引退すること。何かを失うこと。故郷。

思い出。良いドラマでした。毎日コツコツと連ドラ予約でよかったです。これを一気に見るのは大変!!

 

 

bsプレミアム 黒澤明『羅生門』 感想

黒澤明の『羅生門』を観てひどく感動をして、すぐさま青空文庫で『藪の中』を読みました。

短編なので、短時間で読めました。
まず国府の侍の死体が発見されます。

多襄丸。国府の侍の妻。巫女の口を借りたる死霊。
三人がすべて違う話をします。

多襄丸

多襄丸は名高い盗人。たとえ絞首刑になろうとも「卑怯な殺し方はしていない」「女が頼んだから」と自分に都合よく語りだす。その辺の小さな盗人とは自分は違う。名高い盗人としての自尊心があった。

国府の侍の妻

国府の侍の妻は「自分は犯された」と卑下している。「夫は蔑んだ目で自分を見ている」「蔑視されたから、やりきれなくて自分が殺した」と語りだす。これは女性としての、侍の妻という自尊心からそう語りたかった。

巫女の口を借りたる侍の死霊。

侍としての立場から、まさか、盗人ともめて殺されたなんて恥だ。それで自分に都合よく、妻のせいでこんなことになったと語りだす。これはたとえ死んでも侍としての自尊心があった。

それぞれが自分の都合よく語りだす。

人間てこういうものだろうて思います。

誰もが自尊心を持っていて、これだけは守りたいというものがある。

大正時代の物語だから、余計にこういう思いがあったのだと思います。

多分、最初に芥川龍之介の『藪の中』を読んでも意味が分からなかったと思います。

黒澤明の『羅生門』の映画を観て、人間の持つ自尊心について考えさせられました。

小説と違うところは最後に、芥川の『羅生門』の小説のラストが重なっている。

そしてもう一人の語りがある。(これ重要)

この語りとラストですべてが分かったような気がします。

黒澤明は凄く良い。巨匠です。雨の音。木々の光。太陽。

映画って本当にいいなと思いました。

 

本『不思議のひと触れ』 シオドア・スタージョン

”密かに狂わしく嫉妬したーー” レイブラッドベリ  『魔術的名作』

帯にそう書いてありますが、本当に魔術的名作でした。

短編集です。どの作品も読後感が非常にいい。登場人物はベースに「孤独」があります。ヒトのサークルの外側の人たち。

『雷と薔薇』

他の短編は結構どれも好きだったので、時間が経つのを忘れるほどだったのですが、これを読むのには時間がかかりました。なんだか、これだけあまり好きじゃないような気がして。しかし読み終えた後、今現在の北朝鮮とアメリカを表しているのではとも思いました。核戦争後の地球を描いています。

雷と薔薇、美しい緑の草

大海原、そして湿った柔らかい粘土まで

金のカップで夜明けを飲んで

銀のカップで闇を飲んだ

大西部から吹く風が私の愛馬

小川のせせらぎ、ひばりの声がわたしの歌

大切なのはそれだけ。

 

最も好きなものは最後の『孤独の円盤』

『孤独の円盤』も『不思議のひと触れ』もボーイミーツガールです。

どちらも孤独な人間同士がめぐり合う話です。

家族からも捨てられ、誰からも好奇な目で見られる女性。

知るがいい、この広大無辺の大宇宙には

おまえよりもなお孤独な存在のあることを

これは『孤独の円盤』に出てくるセリフですが、どんな 孤独な人にも『不思議のひと触れ』が加わることで孤独の終わりが来ます。

母親の言うことをよく聞き、一度も逮捕されず、飲みすぎても大した面倒は起こさなくて、せいぜい言葉遣いが悪かったと謝ったり、ちょっと胃がむかついたりする程度。

一日ちゃんと働いて一日分の給料をもらい、誰にも憎まれず、それを言うならだれにも好かれない。そういう人間は人生を生きてないんだよ。つまり本物じゃないんだ。でもどこにでもいるそういう平凡な男に、不思議のひと触れが加わると、そしたら、そこから先、彼の人生は死ぬまでずっと本物なんだよ。

この本を読んでいる間は、いい時間を過ごさせていただきました。

憎らしいくらい素敵な小説です。

ほったらかし家庭菜園にて

 

今週のお題はてなブログ フォトコンテスト 2017夏

 

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春じゃないですよ。7月22日に撮った写真です。

去年、不知火の小さな木を1本だけ購入しました。

冬のあいだ枯れそうになっていましたが、暖かくなり何とか若葉が出てきたところにムシが...。幼虫が数少ない葉っぱを食べている!

ムシをどこかへ移動させようかと思ったのですが、容姿容貌が綺麗だったのでそのままにしておきました。家へ帰って調べると、ナミアゲハチョウの幼虫だとわかりました。

キャタピと名付けて数日間見ていたのですが、葉っぱを食べつくしてお腹が空いたのか、さなぎになる前にいなくなりました。残念。

今年の夏の思い出です。