this worthless life

思ったことをそのまま書きます

 ポールオースター 『幽霊たち』感想

先週、午前10時の映画館で『ギルバートグレープ』を観てきました。
 
ジョニーディップが若い!そしてレオナルドディカプリオ。20代前半?
知的障害という設定ですが、上手いですね。
田舎に住んでいて今いる生活を支えていくこと。人の視線。家族のため、家のため。
守らなくてはならないものがある。だから淡々とここで生きていく。
母親の尊厳を守るため、家を燃やすシーンは見事でした。
このシーンはこの映画のクライマックスなんですが、隣に座ってコーヒーを飲みながら見ていた男は、トイレのため立ち上がり、このシーンを観ていません。帰ってきた時はエンドロールが始まる直前だった。アホや!!
 
本日読み終えた『幽霊たち』
 
アイデンティティークライシス。幽霊としての自分。
『ガラスの街』に似ている。
なんだかわからないけれど面白い。

『裏窓』という映画がありました。骨折して歩けない男が双眼鏡で窓から眺めていたら、殺人事件を目撃する。
この小説は、何も起こりません。
探偵ブルーがブラックという男をずっと窓から見張り、報告書をホワイトに送る。それだけ。

ブラックは作家のようで何もしない、何も起こらない。毎日決まったようなスケジュールの生活をしている。ブルーは退屈のあまり様々なことを考えたり、想像したりする。
ブルーの映画とか事件とかの回想が興味深いです。

我々は我々の真の居場所にいない。我々は偽りの場にいる。人間としての本来的な弱さ故、我々は檻を夢想し自分をその中に閉じ込める。したがって我々は同時に二つの檻の中にいるのであり、そこから抜け出すのも二重に難しい


書くというのは孤独な作業で、作家には自分の人生がない。


作家が自分が生きている証として、必要としているものは誰かの目。色がある世界。

ラスト50ページで一気に動きます。

探偵が主役ですが、探偵小説ではありません。
探偵小説っていったい何だ?

ポールオースター『ガラスの街』 感想

「ポールオースターが好きだ」というと、お買い物大好きな男が何冊も買ってきた。

「これ1円。これも1円。送料は250円するけど。本は文庫本より単行本を買う方がいい。表装も綺麗だろう。」

それで、読みまくってやろうと思います。

無職になって、この年になって非常に充実しています。無職サイコー!!

旦那よ、仕事をしてくれてありがとう!

 

オースターのこれが本当の小説第1作?

『孤独の発明』は自伝のようで小説ではないような。
初期の作品はこういう技巧を凝らしていたんですね。

 

探偵小説のようで探偵小説ではない。まず主人公の作家が作家としての自分、普通の人としての自分、本の中の探偵としての自分。3人の自分がいます。その中にはいない別の探偵としての自分が動き出す。

彼の作品を読むときは絵画、哲学、他の文学などアイパッドを隣に置き、調べながら読むのが習慣になりつつあります。
ニューヨークの街に住む人々の光と影とが非常に上手い。
誰もがほんの些細な『偶然』によって人生が変わっていく。
オースターの小説は『偶然』

 

今日は、今までとは違うー単に金に困っているだけの人から、どうしようもなく壊れてしまった人まで。どこを向いても、彼らはそこにいる。高級な界隈でも、荒れた界隈でも。
私は常に私が今いない場において幸福であるように思える。どこでもいい。この世界の外であるなら



ラスト30ページで意外な展開がありました。
曖昧模糊。なんだかよくわからないけれど、カッコいい。ニューヨーク。

『偶然の音楽』『ムーンパレス』のように、素直なストーリーではありません。
技巧を凝らしている感じです。

 

映画 『地下室のメロディ』 感想

 

bsプレミアムで観ました。

死刑台のエレベーター』然り、フィルムノアールの犯罪映画はなんだかいいですね。

ほとんど成功のようで、最後の最後で失敗する。

5年ぶりに刑務所から我が家に帰る途中、電車の中で「ローンでギリシャ旅行に行った」という会話をしている。あくせく働くなんて御免だぜ、と思いながら、久しぶりに帰る我が家のある街は高層住宅が立ち並び、変わってしまっている。これからは堅気の暮らしをしてほしいと思う妻を横目に、最後の大仕事をしようと考えていた。

高級ホテルの地下にあるカジノの半年分のお金を盗ろう。

刑務所の同房だったアランドロンに声をかける。

アランドロンの義理の兄が運転手になり3人で実行に移すのだが、義理の兄は直前になり「良心がとがめる。お金はいらない」と言い出す。

高級ホテルにお金持ちを装って泊まっていたアランドロンだが、言葉遣いや振る舞いから、女性たちには下品な若者と思われてしまう。にわか仕込みの富裕層は、本物の富裕層と付き合っている女性にはすぐばれてしまう。

犯罪は成功するのだが...。

ラストは見事です。お札が朝の太陽で光っている。それを表情を変えずじっと眺めるアランドロン。表情を変えずに、新聞で顔を隠すもう一人の年老いた方。

音楽がカッコいい。たぶん誰でも一度は聞いたことがあると思います。

 

メインテーマ ~映画「地下室のメロディー」より~ "MELODIE EN SOUS-SOL"

 

 

 

ポールオースター『孤独の発明』

今年はインプット。そしてアウトプットするぞ!
 
『偶然の音楽』『ムーンパレス』に続いてポールオースター3作目です。
最初の2作は小説で、これはもしかして自伝?

文章が少々難解でした。

第1部 「見えない人間の肖像」

自分の父親の死によって語られる、世間から距離を置いていた父の回想。そして自分は父から愛されなかった。父を冷めた目で見ていた。悲惨な死に方をした父の父のこと。誰もが語ろうとしなかった事実。

傷を抱えながら書くという行為によって癒しを求めたこと。

第2部 「記憶の書」

Aという人間のことについて語られます。AとAの家族。子供。
そしてあらゆる芸術家の言葉。

あらゆる書物は孤独の象徴だ。そこに収められた言葉たちは、一人の人間の孤独を体現している。その本が孤独について語っていようが、他人との触れ合いについて語っていようが、それは必然的に孤独の産物なのだ。だが、ひとたび孤独が他人によって引き受けられてしまえば、それはもはや孤独ではない。それは一種のふれあいである

書く行為、イコール記憶する行為

老人になってどんな感じがするか。
「小さな子供がずいぶん妙な目にあったもんだ」

それぞれの人生はそれを生きる人にのみ属している。生きるものを所有するのは人生それ自体である。生きることは生かすことである。


ポールオースターの哲学、思想がこの本に詰まっています。
1回読んだだけではイマイチ理解していないような。
もう一度読み直すと、また違うかもしれない。
 

映画『花筐/HANAGATAMI』感想

 

今年初めての映画かな。

大林宣彦監督の最後の映画ということで観に行った。

若い頃、テレビの深夜劇場で鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』を観た。

正確には最後まで観ていない。途中で寝てしまった。なんだか訳がわからなかった。

その映画を彷彿させた。『ツィゴイネルワイゼン』も今だったら見終わった感覚が違うかもしれない。

エンドロールが流れだし、身体が軽く震えた。それぐらい凄い映画だった。いや、申し訳ないが、最近見た他の監督とは格が違う。

『転校生』『さびしんぼう』『異人たちとの夏』どれも非常に好きな映画だった。それらは人間の孤独や出会いと別れをノスタルジー豊かに描いていた。

『花筐』

真珠湾攻撃が始まるよりも少し前、榊原はアムステルダムに住む両親の元を離れ、唐津に暮らす叔母の元に身を寄せ、海のそばの大学予備校に入学する。あどけない彼は反骨的で大人びた鵜飼(抜群に男前です)と吉良に好意を持つ。結核の病で病床に臥せっている叔母(常盤貴子。美人です)の亡き夫の妹(この子も非常に美人です)。妹の友人たち。鵜飼、吉良。

上流階級の叔母の家で、7人で囲む洋風の食事やダンスのシーンが非常に美しい。この食卓の風景からは戦争の影はどこにもない。

命が少ないことを感じる女学生が考える生きること。

自分はやがては戦争で死にゆく身なのだと考える青年の生きること。

歩けなかった自分が歩けるようになった時、自分のせいで母親が死んだのではと懺悔する青年の生きること。

戦争がはじまり、知り合いが一人また一人と消えてゆく。

「娼婦が一番偉いのさ」

 

  ゆきずりの まぼろしの 花の宴 苦しくも たふとしや

 

ほんのひとときかもしれない。青春時代の花の宴。

ピンク色の桜の花びら。赤い血。山。海。赤い彼岸花。大きな月。耽美な映像は圧巻です。

日本人である素晴らしさ。ラ・ラ・ランドのようなハリウッドのハッタリとは違う、本物の日本の映画を観ることができました。

※私はハッタリ映画のラ・ラ・ランドは大好きです。

 

ポールオースター『ムーンパレス』 感想

去年の暮『この声をきみに』というNHKドラマがあった。

朗読教室に通ってくる人たちの物語だが、そのなかで『数学的媚薬』が紹介された。話の内容はオーヘンリーの『賢者の贈り物』に似ていて、バイセクシャルな二人の青年の実話だった。

「ポールオースターって知ってる?ナショナルストーリープロジェクトって本。その中の数学的媚薬がすごく良かったんだけど」

すると本棚のなかを探し出し『ナショナルストーリープロジェクト』を差し出した。

「知らないかもしれないけれど、うちにはたいていの本はそろっているからな」

どうやらそのようですね...。

ラジオ局に送られてきたちょっといい話、奇跡的な話の実話を集めたアンソロジーです。カテゴリーが分けられていて、『物』『動物』とかは読むのに時間がかかりました。愛、死、戦争、それらの信じられない事実、声を出して笑える事実、神様はいるんじゃないかと思えるような奇跡的な話が続きます。

「これよかったよ。面白かった」

「フーン...俺は読んでないけど」

「???読んでないの???」

「ちょこっと読んで辞めた」

そりゃあなたは感動的な話に興味ないものね!

「ポールオースターは他に面白いものがある」

と言って渡されたのが『偶然の音楽』

これがめっちゃくちゃ面白かった。

孤独な青年が大金を掴み、家族を失ったことから、ここではないどこかへ行きたかった。ある人との出会い。未来を生きようとする思い。フランス映画のような結末。

そこで一番人気の「ムーンパレス」を本屋で買ってきた。

「人間の人生というのは、無数の偶発的要素によって決められるのです」

「偶然なんてものはありゃしない。そんな言葉を使うのは無知な人間だけだ」

これはいくつもの偶然が重なって最後にひとつにまとまります。

叔父を亡くし、天涯孤独になった青年は世界の混沌に身をゆだね、社会との苦闘を辞めようとした。偶然知り合った女性が探してくれて助かることができた。そして車椅子の老人の世話をするアルバイトを見つける。その後亡くなっていたと思っていた父との出会い。自分のルーツを知る。ユタの砂漠を一人で歩くことになる。何もかも失って自分の青春は終わりを告げる。

悲劇的な結末は好きではありませんが、2作とも悲劇的結末です。

これがむっちゃくっちゃいい。何もかも失ってみて初めて自分が見えてくる。そして新しい未来がくる。

「ムーンパレス」おすすめです。

変な映画を観るより、素敵な本1冊読むほうがずっといい。

年末年始はポールオースターにはまっていました。

映画『麦秋』 感想

北鎌倉が舞台になっている映画に、是枝裕和監督の『海街ダイアリー』がある。

吉田秋生の原作漫画が大好きなせいか、この映画には違和感があった。

漫画とは別物だと思った。まずキャスティングに問題があった。長女は綾瀬はるかのような柔和な女性ではない。凛として芯の強い女優にしてもらいたかった。長澤まさみは最適だった。

当たり前の話だが、ストーリーが凝縮されていた。原作は一人ひとりの人生がもう少し細かく語られている。

鎌倉の美しい風景が非常に印象に残った。

小津安二郎の映画『麦秋』を観て、是枝監督はこういう世界観を描きたかったのだと思った。北鎌倉に住む、普通の人々の何気ない日常。鎌倉の風景。日本の美しさ。

日本の伝統。品のいい言葉遣い。品のいい女性。周りに流されないで、自分の考えをしっかり持った女性。終戦からしばらく経った日本。家族の在り方。年をとって子供たちがそれぞれの道を選んだ後のその先。

懐かしい言葉を耳にしました。

はえちょうの中にコロッケがあるから」

はえちょう」 あったなぁ。子供の頃、食事の上に蝿が来ないようにカバーをかけていた。

「大和はまほろばじゃ」

まほろば。

親が思うように子供は道を選んでくれないものです。

親が思い描いた結婚相手ではなかった。

娘が嫁いだ後、父親と母親がつぶやく言葉。

「今が一番いい時期かもしれない」

最後に写真屋さんに来てもらって家族写真を撮ります。

昔はこういう撮り方をしてもらっていたんだなぁ。、

昔の映画女優さんは、品が良くて美しくて生活臭が全くなくて、本当に女優さんでした。

日本の良さを描いた映画です。

さぁ、この辺で本を読もう!

 

麦秋 [DVD] COS-022

麦秋 [DVD] COS-022