this worthless life

思ったことをそのまま書きます

魔法が使えたら「どこでもドア」が欲しい

今週のお題「もしも魔法が使えたら」

 

ありきたりなベタな発想ですが「どこでもドア」を作りたい。

この「ドア」が重要です。扉を開くと別世界が広がる。そういうドアが欲しい。

若い頃は仕事に遅刻しそうなとき、車を飛ばしながら「どこでもドア」があったらなぁと思っていました。

今は、日常から離れて一人でどこかへ行ってみたい。

扉を開けるとブナの森がある。原生林が広がっており、湧き水が出てそれが小さな川になっている。光が差し込み鳥の声と水の音が聞こえる。そんなところで一人で何も考えず、何時間もボォーとしてみたい。

扉を開けると、満天の星空が見える。カルスト台地で見た星空は綺麗だったな。真夏に巨大なオリオン座を見た。教科書のとおり、星には黄色や赤の色があることを初めて体験した。

扉を開けると、アイルランドに来ていた。

汽車に乗って、
アイルランドのようないなかへ行こう。
人々が祭の日がさを くるくるまわし、
日が照りながら雨の降る、
アイルランドのようないなかへ行こう。
まどにうつった自分の顔を道づれにして、
湖水をわたりトンネルをくぐり、
めずらしい顔のおとめや牛の歩いている、
アイルランドのようないなかへ行こう

丸山薫

 小学校の時にこの詩を知り、アイルランドはどんなに素晴らしい国だろうと思っていたました。多分アイルランドには行くことがないと思う。

豪華寝台列車が話題になっているけれど、各駅停車の青春18きっぷでもいい。外の風景を眺めながらどこか遠くへ行ってみたい。しかし仕事や家族のことやらでそんな多くの時間をとることはできない。

だからぼんやりと時間をすごせる場所にすぐ行ける、どこか別の世界の扉「どこでもドア」が欲しいなぁと思うのです。

 

AKBの女の子の結婚話で思ったこと

今から10年くらい前かな?AKBがまだ売れていなかったとき、ある商店街の一角でオタクっぽい男の人が何十人か集まっていた。聞くところによると、AKBがもうすぐここにやってくるらしい。AKBという名前だけ知っていた。秋葉原で活躍しているアイドル。あと30分ほどで観ることができたが、家に帰らなければならなかったのでその場所を離れた。確かあの時は無料だったと思う。こんな地方の商店街の一角に無料でライブをするために来ているグループだった。それから瞬く間にAKBはメジャーになった。売れるか売れないか、先が見えないアイドル業界で、彼女たちは頑張ってこの地位を築いたことは立派だと思う。

これも5年くらい前かなぁ。乃木坂がデビュー間もない頃、イオンの複合施設にイベントで来ていた。「CDを買っていただいた方に限り、(握手か写真撮影か忘れたが)そんなことができます」と放送していた。一緒にいた娘に「もうすでにCDを買って家にある人はどうしたらいいの?」と聞くと「もう一枚買うんだよ。AKBなんていうのはそういう風にしてCDの売り上げを伸ばしているグループだから。その点嵐は本当にすごいよ。純粋にCDを売っているから」。その年はCD売り上げ年間ベストテンにAKBと嵐が独占していた年だった。

土曜日テレビをつけたら、ある女の子が「私結婚します」と言っていた。誰???。今回の選挙は、美人で歌が上手い大好きな山本彩ちゃんがでないので、あまり興味がなかった。そもそも知っている子があまりいない。そしてこの子誰???聞いたことのない子。

次の日「DAMN」のシャツを着た写真がネットで流れた。アホなのでグーグル翻訳で調べた。「くっそー」?????

「感謝」とか「すみません」じゃないの?なんなのこのこ???

山本彩ちゃんの動画が流れていた。「あの人の考えていることはわからんわ」

可愛い!!!キュート!!!

様々な事実らしき事がネットで流れだした。

「私結婚します」とだけ言って「卒業します」と言わなかった。このまま続けるの?20歳で結婚して80歳まで生きるとしたら、これからの長い人生をどうするの。秋元康さんは知っていたらしいけれど、握手やら写真やらのために、無駄にCDを何枚も買わせて結婚しますはないでしょう。

こういうやり方でCDを売るのはこれで終焉を迎えるのだろうか。

AKBとは関係のない話だけど、ごく身近なところにいる元ママ友が3人離婚や別居をした。いわゆる熟年離婚で、子供が成長した後、別離を迎えた。共通しているのは下の子どもが高校を卒業した後だということ。まぁ私も考えたからわからなくはない。若い頃は未熟で利口じゃないので結婚を深く考えなかった。子育てに夢中になり、子供が巣立った後、若い頃よりかは少し賢い女になり、相手のことがよく見えてくる。人間的にこの人の考え方が好きではないと思いだす。そして彼の年老いた両親の介護の問題も出てくる。

20歳そこそこで「結婚します」なんて大きな声でいうと後悔するよ。もう少し遊んだほうがいいから。遊んだり学んだりしながら、どうしてもこの人とずっとともに生活をしていきたい、と思うなら結婚したらいい。恋愛は続かない。結婚は二人で生きることになる。幸せは続かないかもしれない。どんな不幸が来ようと寄り添ってあげること。そういう不幸を受け入れること。どんなことがあっても二人で生きること。

「DAMN」は無謀なことをしてしまった、との後悔の「くっそー」だったのだろうか。

 

 

映画『これが私の人生設計』 感想

 録画がどんどん溜まってしまう。見たい映画がありすぎる。最近BSプレミアムの映画が名作が多いのでwowwowに加えて録画をしてしまう。『80日間世界一周』はいい映画だったが、ジュールベルヌの小説を読んだ方が面白いんじゃないか?読んでないが、小説のほうが詳細に書かれていて映画より絶対いい。よく小説の映画化がされるが、小説を読んだとき、頭の中でイメージしたものがあったものの、映画化されるとものの見事にぶち壊される。なかにはいい映画もある。朝井リョウの『桐島、部活辞めるってよ』は小説は嫌いだった。しかし映画はかなり良かった。こんなつまらない小説なのに、映画にするとこんなに面白くなるんだ、と思った。(朝井リョウさま、大変申し訳ありません)。テレビばかり見ているので、そろそろ本が読みたくなってきた。

  この辺で映画を辞めて本を読もう、と思いながら観たこの作品。典型的なイタリア映画です。イタリア人は恋愛と食べ物が大好きなイメージがある。バリバリのキャリアウーマンの建築家として様々な世界で活躍してきた女性が、故郷のイタリアへ帰ってきます。ところがそうはうまくいかない。貯金が底をつき、レストランでアルバイトをすることになる。キャリアウーマンらしく何か国もの言葉を話せるので客と会話ができる。世界の客に料理の説明ができる。そしてオーナーの男性に心惹かれるのだが、彼はゲイで...。そして就職先の面接に行くがイタリアは男尊女卑が酷くて、思わず嘘をついてしまう。

面白い!!これぞイタリア!!ロマンチック(?)ドタバタコメディです。

「外国に居てもそのうち恋しくなるわ。

外国で暮らしていると孤独で傷つきやすくなるの。

あなたとランチをすると癒される」

これが世界で活躍した女性がイタリアに帰ってきた理由でした。肩ひじを張って頑張ってみたものの、安らげる場所は故郷イタリアしかない。彼がゲイであっても、やはり落ち着ける居場所だった。

笑えます。ミニシアターで観たら余計笑えたような映画です。

 

ポスター画像

ふと思い出したこと

qtamaki.hatenablog.com

 

 賢者の創作石  id:ArtStoneさんがリンクを貼られていたこの記事。

 

私の高校時代、父親不在の家庭で母親との不仲、家庭不和、学校嫌い、思春期の憂鬱、毎日が悶々としていた。

我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか

ゴーギャンさながら、そんなことばかり考えていたある日、本屋で一冊の本を見つけた。

『生きる 加藤諦三

題名にひかれて購入した。この本を読んだ衝撃は今でも覚えている。加藤諦三先生はこの本を書いた時まだ20代で(Wikipediaで確認をすると26歳)東大の大学院を出たばかりで、どうしてもいま自分の思っていることを書きたかったから、出版社に持ち込んでいって採用されたと書いてあったように記憶する。20代の文章は内から湧き出るエネルギーに満ちていて、ギラギラとした加藤先生の叫びだった。それから何冊も加藤諦三先生の本を購入し読んだ。当時の先生の本はどの本もギラギラしていた。

そんななか、将来のことを考えていた。短大に言って社会勉強のため就職をして結婚をする。そういう筋書きが母親にはあった。私自身、高卒なんて言うのは人種の違う人だと思っていた。学力のない人、もしくは経済的に困難な人。それが高卒だと思っていた。短大なんてピンからキリまであるから、全く勉強をしなくても合格できる短大はあった。勉強しないで入れる大学には生きたくなかった。かといってやる気もない。

高校を出て就職しよう

完全な発想の転換だった。こう思ったとき、なぜか周りが明るくなったように思えた。凄く嬉しかった。身体が軽くなった。自転車に乗って外へ出た。目に見える景色がとても綺麗だった。光が眩しかった。

どうにもならないと思っても、どうにかなるものだと思っている。そして一筋でも光が見えたら、そのドアを大きく開ければいい。

 

年をとるっていうことは、背負っている荷物をひとつづつ捨てていくこと。

 

20歳を過ぎたころそう思った。身体が軽くなった。川上にある尖った石が転がり落ち川下にきて丸い石になるように、人は変わっていく(全く変わってない気もするが)。

何十年か前、加藤諦三先生の「アメリカインディアンの教え」がベストセラーになった。加藤先生は以前のようなギラギラ感は失せていた。論理的な文章を書く先生になっていた。私は数多くのやりたいことをやってきた。そして年をとって体が軽くなった今、自分は何でもできるんじゃないかと中二病のように思っている。まだやりたいことがたくさんある。やりたいことに年齢なんて関係ない。こういう馬鹿みたいな考えは、若い頃読んだ加藤諦三先生の本がベースになっているんだと思う。若い頃山ほど読んだから加藤諦三先生の本を読むことはもうないだろう。サクラ id:sakurafubukimauさんのブログで「加藤諦三」の名前を目にして懐かしいなぁと思いました。

とりあえず、今やらなきゃいけないことはテレビの録画がたまっていること。これを消化していかなければ!

 

 

映画「ブルックリン」 感想

2時間が短く感じられました。話はテンポよくどんどん進んでいきます。

アイルランドの小さな田舎町に住む女の子エイリシュはアメリカで働くチャンスを得ます。彼女の姉ローズが妹のことを思い、神父さんとともに相談し、エイリシュにアメリカでの仕事や住処を用意しました。映画「ルーム」で母親が子供を逃がしたけれど、それと同じで、自分の妹にはこんな小さな街ではなく、大きなアメリカでチャンスを掴んで幸せになって欲しかったのでしょう。船の中である女性からアドバイスをもらいます。「自信をもって颯爽と歩くこと。」そうすれば入国はうまくいく。

”アメリカへようこそ”

内気な少女がそこである男性との出会いにより、どんどん美しくなってきます。『牛牧場の娘』とはよく言ったもので、少し太ったさえない女の子が見る見るうちに綺麗になっていく。女優さんて凄いなぁと改めて思いました。

あることでアイルランドに1か月の間だけ帰ることを決意します。アイルランドにはの非常に弱くて狡猾な母親がいました。狡猾というよりも、弱い母親が寂しさが強くなり、あらゆる方法で引き留めていたのでしょう。以前はそぶりも見せなかった男性が、美しくなった彼女に好意を持ちます。

「アメリカに行く前、こういう状態だったらよかったのに」

『主よ。指輪をつけし者たちが互いに誠実であるように。

誓いを貫き互いの愛により平和が訪れるように。

主キリストを通して願いたもう。アーメン』

友人の結婚式でこの言葉を聞いたとき、彼女の心の中はどうだったのだろうか。

あることにより思い出します。姉がエイリシュに託した深い思いを。

 

最後にこの映画のなかで好きなセリフを記します。

 

いつか太陽が昇るわ。

そしてすぐにはわからないけれど光が差すの。

やがて自然と考えるようになるの。

新しく出会った人なんかを。

あなただけが知る人。

そして気づくわ。

ここに人生があることを。

 

好きな映画でした。アカデミー作品賞、主演女優賞、脚色賞にノミネートは納得がいきます。

 

ボブ・ディランのノーベル賞受賞講演をニュースで聞いて思ったこと

『ボブディラン』の名前を初めて知ったのは多分、ガロの「学生街の喫茶店」の歌詞からだと思う。『街角で聞いていたボブディラン』。ボブディランそのものは名前しか知らなかった。

その次に印象に残っているのは、伊坂幸太郎アヒルと鴨のコインロッカー』で主人公がボブディランの「風に吹かれて」を口ずさんていた。最初に小説を読み、そのあと映画を観た。そのとき「風に吹かれて」の曲を聴いた。どこかで聴いたことのある曲だった。

反戦歌と言うと、私の中ではジョンレノンの「ハッピークリスマス」の印象が強い。日本では岡林信康とか杉田二郎。二人とも、ラジオの深夜放送から覚えた人で、私の時代にはもう第一線ではいなかった。

彼が強い影響を与えた文学作品として『白鯨』『西部戦線異状なしホメロス叙事詩オデュッセイア』を挙げた。

私は白鯨もオディッセイアも読んでいない。『西部戦線異状なし』はテレビの名画劇場で観た。反戦映画というと一般的には「火垂るの墓」とか「7月4日に生まれて」とか「プラトーン」が出てくるが、私にとって反戦映画は20代前後に観た「西部戦線異状なし」だった。

ネタバレをすると、ドイツの教室で先生が国のために戦う戦争の素晴らしさを教えていた。その言葉に感銘を受けた生徒たちが何人も戦争に志願した。しかしそこで観たのは戦争の悲惨さだった。休暇をもらって故郷に帰ると、先生は同じように戦争の素晴らしさを教えていた。彼が戦争の惨さを語りだすと追い出されてしまう。そしてまた前線で戦うことになる。人間の心を失いかけたとき、ふと近くに蝶がいることに気付く。蝶の近くに手を伸ばした瞬間、撃たれて死んでしまう。そのあと本部に報告をする。「西部戦線異状なし」。戦争にとってたった一人の命などとるに足らないものだった。

中上健次の「19才の地図」で「人間の思考の基本は19歳までに作られる」とか言ってたような。だいぶん昔に読んだので忘れた。たしかそんなことを書いていた。やはり20歳前後に観たNHKの「この世はすべて舞台」というBBC制作のドキュメンタリーがあった。シェイクスピアの「お気に召すまま」のセリフ「この世はすべて舞台。そして男も女もみな役者に過ぎない」からとったもので、何回かにわたって放送された。古代ギリシャの演劇から始まってシェイクスピアに続きコメディフランセーズやアクターズスタジオまで演劇の歴史を教えてくれたものだった。めちゃくちゃ感動をしたのを覚えている。

歌と文学は違う。歌は読まれるのではなく、歌われることを意図してつくられている。シェイクスピアの言葉はステージで演じられることを意図されている。それはちょうど歌が、ページの上で読まれることではなく歌われることを想定しているのと同じように。

歌と文学は違う。文学はページを開いて自分自身で読まなくてはならない。歌は自然と耳から聴こえてくる。どんな状況であっても、どんな時代にも、自分の生きてきた人生の風景にはいつも音楽があった。

私のまわりにはボブディランの音楽ではなく、ボブディランに影響を受けた人の音楽があった。

歌が人の心を動かしたなら、大事なのはそのことだけだ。私は歌の意味を知る必要はない。全てを曲に込めている。

私はボブディランの音楽をよく知らない。ノーベル賞をとっても聴こうとしなかった。近いうちにゆっくり彼の音楽を聴いてみたいと思っている。

  

ブログをする理由 川柳

今週のお題「ブログ川柳」

 

家族には 語らぬ想い ブログ記す

 

ブログをする理由は人それぞれあると思います。

啓蒙的なブログを書きたい人。何気ない日常のほんのひとときや家族への思いを記録したい人。料理のレシピ。癒し系。芸術系。自己啓発的なもの。本や映画の感想。日常の生活の毒だし。

私の場合は完全に最後の毒だしです。

多分どの人もそうだと思うけれど、表面には嫌なことを見せたくない。言いたくないというのがあります。それが家族であればなおさら、嫌な気分にさせたくない。だから嫌なことは言わない。だけどどこかではけ口が欲しいから、それをブログで言っています。私のブログを見てくださっている方、鬱陶しいブログでごめんなさい。

人間にはどこかジキル博士とハイド氏のようなものが存在しており、目で見える表面上はジキル博士のように善良な人間になろうという意志があるが、裏ではドロドロとした悪の心を持つハイド氏がいる。日常生活はジキル博士。ブログ上はハイド氏。

悪の塊のハイド氏は自分がどす黒い心を持っているので、美しいものにあこがれます。

美しい写真。美しい心を持った人。美しい芸術。少し屈折したような文章。

黒澤明の「生きる」以来カフカをよく考えますが、ウィキペディアによるとカフカは他の人とは別格の人格者だったらしい。役所勤めの、真面目で善良な人と思われている自分自身をどこかで嫌悪していて、「変身」の気味の悪い毒虫はカフカ自身を投影した姿ではなかったか。カフカはそんな自分自身を塵を掃き捨てるように抹殺したかったのではないだろうか。

 

ジーキル博士とハイド氏 (岩波文庫)

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変身 (新潮文庫)

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最後にもう一つ

我がブログ 文章力のなさ 呆然と