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this worthless life

思ったことをそのまま書きます

自己紹介をします

 

今週のお題「自己紹介」

北山みやです。本名ではありません。

現在無職です。

学歴高卒学力中卒ですが、なぜか今年の3月まで専門学校の講師をしていました。

趣味はグループに入っているとおり、映画、読書、料理です。

まず映画のこと。「ライフイズビューティフル」「マイライフアズドッグ」「ニューシネマパラダイス」「風と共に去りぬ」「ローマの休日」様々な映画を観て感動しましたが、一番印象に残っているのは「午前10時の映画館」で観た「炎のランナー」。20歳前後の頃に最初にテレビで観たのですが、テレビの録画やDVDで何回観るよりも、現実逃避できる映画館で観る1本のほうが価値がありました。若い頃はテレビの深夜劇場で「天井桟敷の人々」「ある旅芸人の記録」など多くの映画を観ました。深夜テレビを見ていて親が階段を下りる音がすると、急いで電気を消してテレビを消して息をひそめて、階段を上がる音がするとまたテレビをつけて映画を観ていました。深夜誰もが寝静まった後、テレビで観た映画は割と印象に残っています。

以前は説教じみて嫌いだったウディアレンや黒澤明が好きになりました。最近BSで観た「生きる」が良かったのですが「赤ひげ」はそれ以上に素晴らしかったです。

次に読書。小学校の頃から背伸びをした子供でした。6年の時先生から一番感動した本を聞かれ、「月曜物語」の「最後の授業」と答えると先生がへぇと言ったのを覚えています。15,16,17,18,19,20と私の人生暗かった。10代の後半から精神的に病んでしました。精神的に病んだ人間は長編小説が読めません。星新一ショートショート高野悦子二十歳の原点」奥浩平「青春の墓標」などを読んでいました。また太宰治川端康成を読みふけっていましたが、太宰治は毒があることに気付き危険を察知して太宰を読むのを辞めました。高校時代の勉強時間は3年間でのべ20時間くらいでした。卒業証書をもらうためだけに高校へ通いました。高校時代何をしていたかというと何もしていませんでした。深夜放送を聞くだけ。ポールモーリアの「夏のあしあと」都倉俊一「リヨンの星座」をYouTubeで聞くと懐かしくなります。ブロンズ社の「もう一つの別の広場」は宝物でした。

私の子供が小学生の頃「ずっこけ三人組」が面白くて子供と一緒に読んでいました。子供から漫画「one piece」を買ってほしいと 言われ、父親が「1週間に2冊づつ買ってやる」と子供と約束しましたが、母親が約束を守れなくて1日5巻づつ毎日本屋で購入したのであっという間に全巻そろいました。下の子供から漫画「ハチミツとクローバー」を買って欲しいと言われ、子供以上に母親が夢中になりました。

今読んでいるのはロバートFヤング「たんぽぽ娘」です。もうすぐ読み終わります。今年になって「夏への扉」「今夜すべてのバーで」「たんぽぽ娘」非常に有意義な本を読みました。

仕事をしているときは自己啓発本ばかり読んで空回りしていましたが、仕事を辞めて改めて読書の楽しさがわかるようになりました。

最後に料理。食べるのも作るのも好きです。おいしい料理を食べると幸せになれます。

悲しいことがあるとお寿司とケーキを買ってきて食べます。美味しいものを食べて幸せにしてくれる料理人は凄いと思います。

以上自己紹介でした。

日本のバリアフリーは確かに遅れています

 

グループホームに入っている父親が今年になって一気に筋肉が弱ってきた。1月に会った時なんだか言葉が明確に話せなくなって、ちょっと違和感があった。2月になって歩くのが少しだけ難しくなって、3月になって明らかに言葉も歩行も弱ってきてたので毎週行くようになった。1週間ごとに歩行困難が進んできて、とうとう車椅子に乗らなくてはならなくなってしまった。膝を折り曲げることが困難になったらしい。1月におかしいと思ったとき、1月から毎週行ってたくさん歩いておけばよかった。先週は歩けたのに、神社の階段も何とか登れたのに、今週は立ちあがるだけで精一杯だ。筋肉が弱くなったらこんなに進むのが早いの?箸も持つのが困難になって、不整脈になって。

お墓参りに行った。お寺の玉砂利は非常に美しいが、車椅子はどうすればいい?車椅子の前を持って浮くように動かさなきゃいけない。先週はここを歩けたのに。年寄りが散歩をしているのをよく見かけるが、身体を動かさなくなってしまえば弱るのは早い。

また狭い土地にお墓がたくさんあるので、お墓とお墓の間が狭くて、車椅子の向き替えは難しい。結局後ろ向きのままお墓の間を通り抜けた。

お墓参り→神社へお参り→海のそばを散歩→休憩

いつものコースを行こうとしたが、神社へ行っても段差があり、賽銭箱の前の石段が無理。お賽銭を入れるにしても、投げ入れることもできない。

諦めて、海のそばの道を散歩した。海のそばの道だが堤防があって、多分車いすからは海は見えない。

これは田舎だからか?都会はどんなだろう。車椅子の人は神社やお墓参りをどうしているのだろう。

スキャンダルで乙武洋匡さんの政治家の道は遠くなってしまったが、乙武さんは街をどう見ていたのだろう。乙武さんはやはり日本の政治家になって欲しい人です。乙武さんの視点で日本をもっと住みやすい国に変えて欲しい。ユニバーサルデザインの設計で様々な問題点を解決して、もっと日常を豊かにして欲しい。

まぁ聖人君主ではないとわかったのだから、エロいけれど、本当に街をよくしてくれる面白いおじさんとして乙武洋匡さんを政治家にしてほしいです。

皆さん乙武さんを許してあげてください!!彼は政治家として必要な人です!!

 

桜シーズンの京都に行ってきました。混雑がすごい!

 

朝、遠方に住んでいる友人から電話があり、一昨年の11月に癌のステージ4を言い渡されたらしい。余命はあと半年。去年、満開の桜を見て「桜が見られた」と思ったらしい。そして今年、余命を告げられてから二度目の満開の桜を見ることができた、と言っていた。食事とサプリメント。そしてよく笑うこと。やりたいことを全てやること。肺にできた4個の癌は大きくなってなかったらしい。すごいなー、と話しながら最終的には某宗教新聞を1か月とって欲しいと言ってきた。多分拒否したら私は後悔する。それでいいよ、と言ってしまった。さぁ夫になんて言おう。不機嫌な歪んだ顔が目に浮かぶ。私無職なのに。

4月8日土曜日、桜を見に京都に行ってきました。大阪の蔦屋書店で子供たちと待ち合わせ。こんな立派なソファーでくつろげるんだ。ドリンクを購入するだけで本読み放題は素晴らしいな。娘からメールが来た。「今トイレの前にいる」「今からそこへ行く」トイレはさっき警備員の人に場所を聞いたはずだけど、歩いても歩いてもトイレにたどり着かない。さっきこの辺にあったのに。もう一度店員さんに聞く。やっと行けた。娘がいる。元気でよかった。「向こうに飲み物を置いて席を確保しているから」さっきまでいた場所に戻る。戻れない。「ここさっきも通ったよ」「何回同じ場所をループしてるの」さっきいた場所にたどり着けない。「またここ通った」「ここはハウルの動く城か!」やっとたどり着けた。

上の子と3人で京都に向かう為駅に行く。

「お母さんこれ使うといいよ」カードを貸してくれた。優しい子だ。あれっ??入らない。「スイカがそんなとこに入るわけないでしょ!」「スイカは上にかざすの!」

京都駅に着いた。人が多い。

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高瀬川。※傘は私のではありません

桜満開。川沿いに柳の緑と桜の淡いピンク色のコントラストは非常にきれいです。

これは京都でしか味わえませんね。

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満開です。

「今からどうする?」

伏見稲荷に行きたい」

長男に切符を買ってもらう。ぼんやり立っていたら誰かに声をかけられた。

「アーユー...。(並んでいますか、みたいなことを聞かれた)」

「ノーノーノ」急いで移動する。誰かとぶつかった。「ごめんなさい」という声が聞こえた。思わず「ソーリーソーリー」と英語が出てしまった。

「いったい何言ってるのよ!」娘が言う。

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伏見稲荷。朱色の神社と枝垂桜は良く似合う。

『日本に京都があってよかった』

着物姿の女の子が大勢いる。「着物のレンタルて3000円くらいで出来るんだ。想像以上に安い」へぇ。

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小雨降る伏見稲荷もいいものです。

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この写真は伏見稲荷の上のほうなのであまり人がいません。下のほうの混雑はかなりのものです。

伏見稲荷を降りて、今からどこ行く?とりあえず桜で有名な丸山公園に行く。

八坂神社までの道は人人。息苦しい。去年の連休より多いんじゃないのか。外国人は桜のシーズンを狙って京都に来ているのか。八坂神社に入るとお参りの長い行列ができている。伏見稲荷でお参りをしたからお参りはもういい。丸山公園到着。桜満開。

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私もこうやって写真を撮ってブログに載せているのですが、丸山公園で小雨降る中、大勢の人が上を向いて写真を撮っている姿は異様でした。とにかく人が多い。雨でよかったのかもしれない。公園にゴザが敷いてあったけれど、晴れていたら桜の下はもっとすごいことになっていたんですね。神社から外の道に出ると人混みでまた息苦しい。

京都は美しい街ですけど、桜の風情を楽しみたいのなら家の近くの桜のほうがいいかもしれません。もしくは平日?桜シーズンは日本人に加えて外国人観光客が多い。

私はどちらかというと散る桜を見るのが好きです。だから本当は家族全員で15日に来る予定が娘の予定に合わせたら8日になってしまった。そして京都を言い出した父親は来れない。

audubon.hatenablog.com

まぁレールから外れた人間を父親は快くは思っていないわけです。なんで娘の都合に合わすんだと。娘はとっても元気でした。

京都の満開の桜と子供に会えたから幸せでした。

「ドラマ野武士のグルメの感想」うーん...私の見方は歪んでいるのかなぁ

 

Netflix野武士のグルメお題「ドラマ野武士のグルメの感想」

今回、『孤独のグルメ』を手がけた番組スタッフが集結して作った作品に、竹中直人さん主演で期待していたのですが、うーん...4話まで見てギブアップです。

時間を浪費したくない(ごめんなさい!!)。

お昼頃にお店に入り客が誰もいない。店の人もいない。その時点で私なら他の店に行きます。まずい料理を食べさせられた店は何度かありました。だからと言って家のラーメンの映像を見せられても...。海の近くで宿をとっておいしい干物で青春時代思いだしたのはわかりますが、私たちが見たいのは副菜を含めた料理ワンセットです。また、若い女の子と焼き肉屋で食事をして店の勧める食べ方を無視して酷い焼き方をしたり、写真を撮りまくるのもそういうシーンを見せられるのはあまり気持ちのいいものではありません。それで4話観てもういいや、と辞めました。

孤独のグルメ』はいい番組でした。深夜何気なくつけたら、にっこり笑顔になれました。井之頭五郎が何気なく入った小さな店がとてもおいしい店だった。そんな話。『いい旅夢気分』は高級旅館でクオリティーの高い食事を見せてくれるそんな番組です。『火曜サプライズ』は地元の人においしい店を紹介してもらって地元の評判のいい店に行く、料理のクオリティーは『いい旅夢気分』よりも少し落ちます。そして有名俳優と話をしながら地元で評判のいい料理を食べます。『孤独のグルメ』はそれよりももっと店のクオリティーは下がります。有名人とかは行かないようなお洒落じゃない店、知る人ぞ知る店に行き、何気ない料理に美味しさを感じる一人飯です。単なるワンパターンですが、出てくる料理と食べる姿が好きでした。

私たち食いしん坊グルメはストーリーをあまり求めていないんです。ただおいしい料理を美味しそうに食べる姿を映像で見せてくれる。それだけでほんの少し幸せになるんです。ギャル曽根が人気があるのは、目の前にある料理をとても綺麗な食べ方で美味しそうにバクバク食べる。そして食べるのが好きで、自分でも美味しいものを作るのが好き。その姿がとても愛おしく思うんです。

 

少し変わった子あります (文春文庫)

少し変わった子あります (文春文庫)

 

 家に帰っても一人で話す相手のいない孤独な男性が、非常に食べ方の綺麗な女性のいる店に引き込まれていく話です。ふとこの小説を思い出しました。

 

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『コーヒーが冷めないうちに』川口俊和

 

自宅から車で1時間くらい走ったところにTSUTAYAができた。隣にスターバックスが併設されている。本がメインで雑貨も置かれている。そしてこの書店には椅子がある。座り読みOK。椅子の隣には銀色の丸いくぼみがある。隣に座った人がスタバのテイクアウトの飲み物をここに置いた。コーヒーを飲みながら本が読めるんだ!もしかしてここは天国か?しかし新刊の本が汚れたらどうするんだ?そんなことを考えながら、手にとった本は『コーヒーが冷めないうちに』。『本屋大賞ノミネート』と書いてある帯。王様のブランチでも見たことがある。ぱらぱらとめくり読みやすそうな感じ。

私はコーヒーが大好きです。朝は必ず1杯はコーヒーを飲む。これは朝和食を食べたときでも必ずコーヒーを飲む。珈琲と牛乳を半分ほど入れたカフェオレで。コンビニコーヒーを飲むときは普通のコーヒーにコーヒーフレッシュを3個入れる。珈琲の香りが好きで珈琲はリラックスさせてくれる。サービスでコーヒーメーカーに長時間入れたコーヒーを出してくれる店があるけど、あれは駄目。コンビニコーヒーで豆を挽いた珈琲を100円で飲ましてくれるのは感動したね。美味しい。家でも外でもコーヒーを飲むときは雑誌を読むとき、又はテレビを見るとき又はボォーとしているときです。本を読むときは珈琲は飲みません。珈琲はリラックスするとき必要なもので、本はリラックスとはちょっと違う。雑誌はリラックスだが。読書するときにコーヒーを飲むと、コーヒーが強くなってしまう。だから読書するときは紅茶。

それで今回TSUTAYAの座り読みで完読した本『コーヒーが冷めないうちに』。

小学校の教科書に『めもあある美術館』という物語が載っていました。

自分の想い出が絵になって展示されている美術館の話です。

yk045.com

すごく印象に残っている話ですが『水曜日のクルト』を買おうとは思いません。オークションとかで過去に読んだ漫画や本を買ってみても、以前とは感覚が違う。だから小学校の頃に読んだ物語を今読んでも以前とは違う。京都で「夏の時代」というコンサートを何人かの歌手がしていました。

もう青春ではない。春ではないから俺たちは今、夏の時代を生きてる。

私も夏の時代を迎えて、見える風景が変わってきた。

10代、20代ならこの本を読んで思うものもあったかもわかりませんが...。

過去に戻ってあの時...。でも現実は変わらない。そういう話です。

読みやすい本でした。なにも飲まずに座り読みで本1冊完読して申し訳ないので、クイックジャパンを買って帰りました。

 

別冊クイック・ジャパン 3月のライオンと羽海野チカの世界

別冊クイック・ジャパン 3月のライオンと羽海野チカの世界

 

 家に帰ってコーヒーを飲みながらこの雑誌を読んでいます。

羽海野チカさんのファンとしてはこちらはおすすめです(笑)。

 

 

bsプレミアム映画 『生きる』 黒澤明

 

若い頃は黒澤明映画は苦手だった。暗くて重厚で良さがわからなかった。黒澤監督がまだ生きていた頃、『八月の狂詩曲』を見たがそれほど印象に残っていない。10年以上前にテレビで『天国と地獄』を見た。この映画は比較的分かり易かった。まぁいい映画。数か月前に『夢』を見て、なんだかわからないけど印象に残った。今回『生きる』。白黒映画だが、名監督の良さがわかる年になってきた。年齢とともに、映画がわかりだす。

カフカの小説『変身』で主人公は家族のために働き、ある日突然虫になる。そして家族から邪魔だと石を投げつけられ死んでしまう。主人公が死んだあと残された家族はピクニックに行く。確かそんな内容だった。

この主人公も若い頃妻を亡くし、30年間市役所に勤めながら一人息子を育ててきた。ある日、自分が胃癌だとわかる。残された命は半年。家に帰ると、息子夫婦は父親の退職金のことを話している。「まさか墓までお金をもっていかないだろう」と笑っている。30年間自分は何をしてきたのだろう。目に見えない膨大な時間の浪費をしてきた。飲み屋である作家と出会い「人間は人生を楽しもうとする貪欲さをもっているんだよ」と酒や女にお金を使った。何かが違う。若い女の子に「そばで話をしてくれるだけで幸せだ」という。「私は小さな犬のぬいぐるみを作っているときが幸せだ。あなたは何か作らないのか」自分は時間がない。自分の作りたいもの。そこから彼は本気で仕事をするようになる。市役所でたらいまわしにしていた、以前から苦情のあった土地を、住民の要望通り公園を作ることに精を出す。そこから突然シーンは葬式に移る。息子や親せきは若い女性がいたから張りきったんだろうという。あの公園を作ったのは私だ、と市の上層部は話し出す。そして彼が亡くなった後、市役所はまた同じように住民の要望をたらいまわしにするいつもの仕事が始まる。

うまく言えないけど、名作です。これは黒澤明でしか作れない映画です。カフカと違うのは最後の半年、本当に自分の意を貫き通して生きたこと。そしてそのことで幸せになったこと。自分の命があと半年だと死刑宣告されたら何をするだろう。

 

生きる[東宝DVD名作セレクション]

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「中退」「うつ病」になった時、蜜のような言葉の「塾」に騙されてはいけない

 

”新学期になってから〇〇さんはほとんど学校へ出席していません。”

大学からこの手紙が届いたのは5月初めゴールデンウィークが始まったばかりの頃だった。娘に電話をしてみた。「ちょっと体調が悪くて...」「病院に行っている...」「体調が良くなったら学校へ行くんだよ」そう言って電話を切った。

考えてみれば春休みに帰ってきた時から少しおかしかった。地元の友達と会わなかった。東京に帰るとき「今回は△ちゃんに会わなかったの」「今回は会わなかった」「そう」私は特に聞かなかったし娘も何も言わなかった。大学に入ってできた親友だと思っていた人から、かなりの悪口を言われネットで顔写真公開され悪口を書かれ、外に出られなくなっていたことを後で知る。『気分障害』某精神科から診断書を書いてもらい娘は休学することになった。『地元には帰らない』それが娘の出した答えだった。地元の友達とは問題はなかったらしいが、娘のほうから離れていった。東京で一人暮らし、うつ病、引きこもり。兄が有給をとって海外旅行に連れて行ったり、自分の家に遊びに来さしたりしていた。結局娘は大学を辞めることになった。

もともと国立の美大を目指していた。美大といっても「センター試験は関係なく実力のみ」の大学は東京芸大だけで他の国立美大はどこもセンター試験がある程度とれないと入学できない。7割5分の先輩が落ちて8割5分の先輩が合格した。その事実から娘はセンター8割5分を目指した。今まで塾に行ったことがなかったが、浪人して初めて個別指導の英語塾に通うことになった。70歳を過ぎたような婆さんが先生で「私の言うとおりにしていれば英語だけは必ず9割とれます。」その先生の言ったとおり、秋になるとセンター対策の模擬試験では英語は9割とれるようになった。その先生の若い教え子が数学を教えてくれた。数学もセンター対策は9割近くとれるようになった。

私立の美大はかなりの金額を要する。そこまで余裕のある家ではなかったので私立は経済学部を勧めた。本人も納得の上だった。秋の模擬試験では有名私立大学の経済学部が合格圏内に入った。12月になって娘は崩れた。アトリエにも行かなくなり一日中寝たままになった。年を明けてもその状態が続いた。そしてセンターを受け結果はボロボロだった。経済学部は行きたくない、と結局私立の美大に行くことになった。そしてその数年後そこを退学した。

「古文と漢文はダメだけど、現国だけなら偏差値60近くあった。英語と現国だけで今から行けるような大学はないかな。英語9割近くあったからもったいないね。〇大学なら英語と現国だけでいける(笑)」「連絡しろ」「え..?」「連絡してみないとわからない。電話して聞いてみろ」夫から言われ娘に電話をした。「受験したい」「え..?」受験すると思わなかった。「今の状態で時間を考えなければ半分はできる。」「センターのリスニングはよくわかるのにここのリスニングはさっぱりわからない」「家にある英語の問題集を送って。」

精神科に通いながらうつ病、引きこもりで受験をすることになった。アパートは引っ越しした。「実家には帰らない」。かといって友達との付き合いも絶っている。大勢のいる予備校は行けるのか?「うつ病」「中退」「大学受験」「塾」ネットで検索したらその塾はすぐ出てきた。”数々の挫折を経験して今こうしてここで教えています””何度でもやり直せる”。素晴らしいホームページに書かれてある蜜のような言葉に共感した。ここだ、ここしかない。『困難を抱えている生徒を支援することで成長していきたい』講師のこの言葉に一抹の不安があったが(今は消されている)、それでもこの塾に心底惚れた。娘は塾に行くといった。7月のはじめ塾に電話をすると、新聞に載って入塾希望者が多くなったので面接は7月の末になった。そして9月からこの塾に行くことになった。8月に1か月程実家に帰って来た時、この塾のアンケートを娘と一緒に書いた。『会話はどうしますか』『希望。普通。希望しない』娘は『希望しない』にボールペンで〇をつけた。私はそのあと鉛筆で『少しは会話を希望します』とつけ加えた。だって話し相手が一人もいないもの。講師の希望『男性 女性 どちらでもいい』娘はどちらでもいいに〇をつけた。「女の人でもいいの?」「いいよ」友人が一人もいなくなった今、若い女性の先生と話したかったのだろう。8月になっても9月になっても私にも娘にも塾から連絡はなかった。9月の半ばこちらから連絡をした。「先生の都合がつかなかったので」9月の20日頃から行くことになった。「あの塾どう?」「ビミョー」「お母さんよりかなり年上の女の人が先生になった」私も娘もミスを犯した。『若い先生を希望』と書いておけばよかった。「あんまり勉強をするような塾ではない」「へー」。でも年取った先生にはそれなりの良さがあるからね。浪人時代の先生はすごく良かったからね。私はこの塾を信じすぎた。9月というのもあった。もう少し早い時期ならほかの塾を考えたかもしれない。もうすぐ10月が来る。11月のはじめ今度は塾から電話があった。「〇〇さんがもう3回も塾を休んでます」電話をした。「もう嫌だ。行きたくない。執拗にいっぱい聞いてくる。私には向いてない。同情されるのが好きな人があそこに行けばいい」「先生はどういう宿題を出したと思う?英語ができたら将来どんなに役に立つか考えてきなさい。そういう宿題をだすんだよ」先生の過去の不幸話を聞かされた。私も挫折を経験した。私たちは仲間だ、といわれたらしい。若い人ならいざ知らず、長年生きていれば誰でも挫折をいくつかは経験をする。塾に連絡をすると「あの人はベテラン講師です。お母さんが会話を求めたから先生は話したんですよ」「先生はあの子は心ここにあらずだった、と言っています。」「それに〇〇さんは...」と言って言葉を濁した。なんですか。教えてください。「精神科のかなり強い薬を飲んでいます」娘はその時は精神科には行っていなかった。「今は精神科の薬は飲んでないよ」そういっていた。それから何回か電話やメールのやり取りをし「お母さん、精神科に行っていないと言いましたね。それなら精神科に行かしたらどうですか」「先生はあの子が精神的におかしいと言っています」「当塾はそんなに勉強をさせる塾ではありません」

娘はまたしても崩れてしまった。

困難を抱える子を救うことで、自分自身も救っている。だから『困難を抱えている生徒を支援することで成長していきたい』この言葉はある意味正しい。自意識の高い先生と自己否定の強い生徒とですべてがうまく成り立っている。うまくいかなかったら『生徒は強い精神病患者』ということにすればすべてがうまくいく。受験に興味のないベテランの英会話講師が家事の片手間にこの塾で教えても違和感はない。20歳過ぎの1年と50歳後半の1年間とは違うことに先生は気づいていない。

この塾には受験を真剣に考えてくれる先生もいると思う。学生アルバイトは数年前に受験を経験している。マンツーマンは当たり外れが大きい。先生からしてみれば酷い生徒に当たってしまった。はずれの生徒=娘だった。

この塾を辞め大学受験を辞めフリーアルバイターになって職場の人との出会いとかで娘の精神状態は安定してきた。

relax-heart.hatenablog.com

もみじさんのとおり、メンヘラは普通に接してくれることで救われる。

私は前に進むように手を伸ばしてくれることをこの塾に求めた。

先生は受験の専門家でもなければ医者でもない。

「メンヘラを助けようと思わないほうがいい」

「心の病は、プロが対処すべき領域」なのだ。

”助けてあげたい”ってのは思いあがりだよ。患者は自分で自分を助けるしかないんだ。

医者というのは、例えば駅へ行きたい人に道を教えてあげる煙草屋のおばさん。そんなようなもんでしかない。歩いて駅まで行くのはその人だ。煙草屋のおばさんが背負って走るわけにはいかんからな。もちろん、駅まで行きつけない人間もたくさんいるよ。力が尽きたり、道の教え方が間違ってたりだ。問題は患者が前に進むことだ。だから、助けてやりたい、なんてことはこんりんざい思わないようにした。助かろうとする意志をもって、人間が前へ進んでくれればそれでいいんだ。

 最近読んだ小説の中に出てくる医者の言葉だ。

私が死ぬとき、人生で一番後悔することは自分の人生ではない。娘の人生でこの塾に行かせたことだ。もしあの時こんな塾ではなく、個別指導塾に行かせていれば。もう少し冷静に考えていれば。もう少しよく調べていれば。

20歳を過ぎているんだから、自分の人生を切り開いてくれることを信じるしかない。

お前も都会の雪景色の中で

丁度 あの案山子のように

寂しい思いしてはいないか

体をこわしてはいないか

元気でいるか 街には慣れたか

友達で来たか

寂しかないか お金はあるか

今度いつ帰る

娘は友達との付き合いがなくなってしまって

友達がいなくなって

電話にもあまりでなくなって

メールも返信があまり来なくなって

本当にこういう気持ちになるのです。