this worthless life

思ったことをそのまま書きます

私の両親の話

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 この記事を読んで私の両親を思い出したので書きます。

 私の両親は見合い結婚をしました。父親はお金のために内航船の船員になりました。

家に帰ってくるのは1年に2回くらい。帰ると1,2か月はずっと家で居ました。父はずっと家に居て新聞を読むかテレビのニュースを見るかでした。父は寡黙な人でした。母は陽気でよくしゃべる人でした。母はいつもいない父の悪口ばかり言っていました。父がたまに帰ってくると、父と母はよくケンカをしていました。理由は母が家事をしない。子供のしつけができていない。子供たちはたまに帰ってくる父親が嫌いでした。

 いつも夫のいない母は、姑と仲が悪かったので、小さな家を建ててもらいました。小さな家を建てた15年後、同じ市内の別の場所に、今度は大きな家を建てました。小さな家は兄が結婚した時、兄夫婦が住む家になりました。大きな家に、母と成長して社会人になった2人の子供が住むことになりました。やがて兄は結婚をし、小さな家に住みました。娘は結婚をして家を出ていきました。

父親は退職して大きな家に住むことになりました。その数年後、母は飲酒運転の車にはねられました。1年半の入院の間、父は毎日ずっとベッドのそばで母の面倒を見ていました。母は左手と左足が不自由になりました。人工肛門をつけました。退院して、母は不自由さを嘆きました。父は何も言いませんでした。昔の人だったから、父は家事もそんなに手伝いませんでした。母は以前よりも父の悪口を言うようになりました。

 退院して半年後、母は腹痛を訴えて病院へ行きました。肺がんの末期でした。また入院することになりました。父は今度は車で50分をかけて、毎日母のいる病院に通いました。日中は病院で母と居て、夕方帰る生活になりました。やがて、意識がなくなり、点滴だけで、生きているようになりました。「ゆうこ」いう名前の母に「ゆう君、みやがきたよ。ゆう君。」と声をかけました。父親は点滴をやめてほしくない、と言いました。意識のない、点滴だけを続けている母の隣で、1か月も家に帰らずずっとそばに居ました。

母が亡くなり、父は大きな家に一人で住むことになりました。

兄夫婦は父の家にはあまり行きませんでした。

それから20年近く経ち、父は物忘れがひどくなり、近所の人が兄夫婦の家に知らせました。父は一人ぼっちはさみしいので、誰かと一緒に暮らしたい、と言い出しました。

兄も私も無理だ、と言いました。

 父はあるとき台所洗剤を飲み入院しました。昼頃、義理の姉が家に行くと倒れてゼイゼイいっていたそうです。父は入院しました。一人暮らしは無理だからと、入院中にホームに入ることを私と兄とで決めました。本人は入るのを嫌がるだろうが、もう一人暮らしをさせるのは無理だと判断した結果でした。要介護1はホームに入所できませんが、行きつけの医者に無理やり頼んで要介護2にしてもらいました。田舎の病院はこういうことを平気でしてくれます。ホームの空き待ちで、悪いところはないのに退院させませんでした。総合病院の先生は怒りました。「どこも悪くないのに入院させて、見ていてかわいそうです。早く退院してください」。婦長です、と言う人が来て「あなた以外は誰も来ません。退院はいつになるかわからないのでもう来なくていいですよ」。それでも3か月入院させました。

 父は家に帰ることなく、退院するからと騙してホームにいれました。当然父は激怒しました。ホームの人も困りました。しかし兄はホームの人に「うちの妻はこの人のことを頑固だといいますが、頑固ではなくて偏屈なんです」といい、父には「しばらくここで居て、良くなったら家に帰れるかもしれないからな」と言いました。

 その数か月後、私は親戚の家に行く用事がありました。

親戚の人から「お姉さんはお父さんの面倒を一人でよく見ているわね」「お父さんの面倒を見るためにあの家に引っ越してきたんじゃないの」と言われ驚きました。父をホームに居れた2か月後、父がいなくなった大きな家に兄夫婦が引っ越してきて、父の面倒を見ていると親戚や近所に吹聴していました。それを私が聞いたことを知ると、義理の姉は「私が一人で見ていたけど、転倒したら大変なのでホームへ入れました。私はあなたほど気楽じゃないんです」と私の家に言いに来ました。

 父はホームに入った後、一度も家へ帰ることなく今に至っています。「父親は落ち着いてきた」兄はそう言って笑いました。つまり父は諦めたのです。そんなにぼけていなかった人が、ホームに入って本当に呆けてきました。もう私が誰だかわかりません。

 父は母との老後のために大きな家を建てました。病気になったら困るからと、たくさん貯金もしていました。貯金は母の事故と病気のためにたくさん使われました。父は何のために働き何のために貯金をし、何のために家を建てたのか。父の人生はいったい何だったのか。

 父はホームに入って2年を超えました。母がいればあの大きな家で、2人はどういうその後があったのだろう。 母は文化も娯楽もない小さな町だけど、それなりに楽しく生きていました。母は幸せな老後の前に、長い病院生活の後死んでしまいました。父は幸せな老後にはならず、捨てられて、二度と出られない檻に入れられちゃったんです。

 そして私は老後と呼ばれる年齢になる前に、消えてしまいたいと思っているのです。