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this worthless life

思ったことをそのまま書きます

「中退」「うつ病」になった時、蜜のような言葉の「塾」に騙されてはいけない

 

”新学期になってから〇〇さんはほとんど学校へ出席していません。”

大学からこの手紙が届いたのは5月初めゴールデンウィークが始まったばかりの頃だった。娘に電話をしてみた。「ちょっと体調が悪くて...」「病院に行っている...」「体調が良くなったら学校へ行くんだよ」そう言って電話を切った。

考えてみれば春休みに帰ってきた時から少しおかしかった。地元の友達と会わなかった。東京に帰るとき「今回は△ちゃんに会わなかったの」「今回は会わなかった」「そう」私は特に聞かなかったし娘も何も言わなかった。大学に入ってできた親友だと思っていた人から、かなりの悪口を言われネットで顔写真公開され悪口を書かれ、外に出られなくなっていたことを後で知る。『気分障害』某精神科から診断書を書いてもらい娘は休学することになった。『地元には帰らない』それが娘の出した答えだった。地元の友達とは問題はなかったらしいが、娘のほうから離れていった。東京で一人暮らし、うつ病、引きこもり。兄が有給をとって海外旅行に連れて行ったり、自分の家に遊びに来さしたりしていた。結局娘は大学を辞めることになった。

もともと国立の美大を目指していた。美大といっても「センター試験は関係なく実力のみ」の大学は東京芸大だけで他の国立美大はどこもセンター試験がある程度とれないと入学できない。7割5分の先輩が落ちて8割5分の先輩が合格した。その事実から娘はセンター8割5分を目指した。今まで塾に行ったことがなかったが、浪人して初めて個別指導の英語塾に通うことになった。70歳を過ぎたような婆さんが先生で「私の言うとおりにしていれば英語だけは必ず9割とれます。」その先生の言ったとおり、秋になるとセンター対策の模擬試験では英語は9割とれるようになった。その先生の若い教え子が数学を教えてくれた。数学もセンター対策は9割近くとれるようになった。

私立の美大はかなりの金額を要する。そこまで余裕のある家ではなかったので私立は経済学部を勧めた。本人も納得の上だった。秋の模擬試験では有名私立大学の経済学部が合格圏内に入った。12月になって娘は崩れた。アトリエにも行かなくなり一日中寝たままになった。年を明けてもその状態が続いた。そしてセンターを受け結果はボロボロだった。経済学部は行きたくない、と結局私立の美大に行くことになった。そしてその数年後そこを退学した。

「古文と漢文はダメだけど、現国だけなら偏差値60近くあった。英語と現国だけで今から行けるような大学はないかな。英語9割近くあったからもったいないね。〇大学なら英語と現国だけでいける(笑)」「連絡しろ」「え..?」「連絡してみないとわからない。電話して聞いてみろ」夫から言われ娘に電話をした。「受験したい」「え..?」受験すると思わなかった。「今の状態で時間を考えなければ半分はできる。」「センターのリスニングはよくわかるのにここのリスニングはさっぱりわからない」「家にある英語の問題集を送って。」

精神科に通いながらうつ病、引きこもりで受験をすることになった。アパートは引っ越しした。「実家には帰らない」。かといって友達との付き合いも絶っている。大勢のいる予備校は行けるのか?「うつ病」「中退」「大学受験」「塾」ネットで検索したらその塾はすぐ出てきた。”数々の挫折を経験して今こうしてここで教えています””何度でもやり直せる”。素晴らしいホームページに書かれてある蜜のような言葉に共感した。ここだ、ここしかない。『困難を抱えている生徒を支援することで成長していきたい』講師のこの言葉に一抹の不安があったが(今は消されている)、それでもこの塾に心底惚れた。娘は塾に行くといった。7月のはじめ塾に電話をすると、新聞に載って入塾希望者が多くなったので面接は7月の末になった。そして9月からこの塾に行くことになった。8月に1か月程実家に帰って来た時、この塾のアンケートを娘と一緒に書いた。『会話はどうしますか』『希望。普通。希望しない』娘は『希望しない』にボールペンで〇をつけた。私はそのあと鉛筆で『少しは会話を希望します』とつけ加えた。だって話し相手が一人もいないもの。講師の希望『男性 女性 どちらでもいい』娘はどちらでもいいに〇をつけた。「女の人でもいいの?」「いいよ」友人が一人もいなくなった今、若い女性の先生と話したかったのだろう。8月になっても9月になっても私にも娘にも塾から連絡はなかった。9月の半ばこちらから連絡をした。「先生の都合がつかなかったので」9月の20日頃から行くことになった。「あの塾どう?」「ビミョー」「お母さんよりかなり年上の女の人が先生になった」私も娘もミスを犯した。『若い先生を希望』と書いておけばよかった。「あんまり勉強をするような塾ではない」「へー」。でも年取った先生にはそれなりの良さがあるからね。浪人時代の先生はすごく良かったからね。私はこの塾を信じすぎた。9月というのもあった。もう少し早い時期ならほかの塾を考えたかもしれない。もうすぐ10月が来る。11月のはじめ今度は塾から電話があった。「〇〇さんがもう3回も塾を休んでます」電話をした。「もう嫌だ。行きたくない。執拗にいっぱい聞いてくる。私には向いてない。同情されるのが好きな人があそこに行けばいい」「先生はどういう宿題を出したと思う?英語ができたら将来どんなに役に立つか考えてきなさい。そういう宿題をだすんだよ」先生の過去の不幸話を聞かされた。私も挫折を経験した。私たちは仲間だ、といわれたらしい。若い人ならいざ知らず、長年生きていれば誰でも挫折をいくつかは経験をする。塾に連絡をすると「あの人はベテラン講師です。お母さんが会話を求めたから先生は話したんですよ」「先生はあの子は心ここにあらずだった、と言っています。」「それに〇〇さんは...」と言って言葉を濁した。なんですか。教えてください。「精神科のかなり強い薬を飲んでいます」娘はその時は精神科には行っていなかった。「今は精神科の薬は飲んでないよ」そういっていた。それから何回か電話やメールのやり取りをし「お母さん、精神科に行っていないと言いましたね。それなら精神科に行かしたらどうですか」「先生はあの子が精神的におかしいと言っています」「当塾はそんなに勉強をさせる塾ではありません」

娘はまたしても崩れてしまった。

困難を抱える子を救うことで、自分自身も救っている。だから『困難を抱えている生徒を支援することで成長していきたい』この言葉はある意味正しい。自意識の高い先生と自己否定の強い生徒とですべてがうまく成り立っている。うまくいかなかったら『生徒は強い精神病患者』ということにすればすべてがうまくいく。受験に興味のないベテランの英会話講師が家事の片手間にこの塾で教えても違和感はない。20歳過ぎの1年と50歳後半の1年間とは違うことに先生は気づいていない。

この塾には受験を真剣に考えてくれる先生もいると思う。学生アルバイトは数年前に受験を経験している。マンツーマンは当たり外れが大きい。先生からしてみれば酷い生徒に当たってしまった。はずれの生徒=娘だった。

この塾を辞め大学受験を辞めフリーアルバイターになって職場の人との出会いとかで娘の精神状態は安定してきた。

relax-heart.hatenablog.com

もみじさんのとおり、メンヘラは普通に接してくれることで救われる。

私は前に進むように手を伸ばしてくれることをこの塾に求めた。

先生は受験の専門家でもなければ医者でもない。

「メンヘラを助けようと思わないほうがいい」

「心の病は、プロが対処すべき領域」なのだ。

”助けてあげたい”ってのは思いあがりだよ。患者は自分で自分を助けるしかないんだ。

医者というのは、例えば駅へ行きたい人に道を教えてあげる煙草屋のおばさん。そんなようなもんでしかない。歩いて駅まで行くのはその人だ。煙草屋のおばさんが背負って走るわけにはいかんからな。もちろん、駅まで行きつけない人間もたくさんいるよ。力が尽きたり、道の教え方が間違ってたりだ。問題は患者が前に進むことだ。だから、助けてやりたい、なんてことはこんりんざい思わないようにした。助かろうとする意志をもって、人間が前へ進んでくれればそれでいいんだ。

 最近読んだ小説の中に出てくる医者の言葉だ。

私が死ぬとき、人生で一番後悔することは自分の人生ではない。娘の人生でこの塾に行かせたことだ。もしあの時こんな塾ではなく、個別指導塾に行かせていれば。もう少し冷静に考えていれば。もう少しよく調べていれば。

20歳を過ぎているんだから、自分の人生を切り開いてくれることを信じるしかない。

お前も都会の雪景色の中で

丁度 あの案山子のように

寂しい思いしてはいないか

体をこわしてはいないか

元気でいるか 街には慣れたか

友達で来たか

寂しかないか お金はあるか

今度いつ帰る

娘は友達との付き合いがなくなってしまって

友達がいなくなって

電話にもあまりでなくなって

メールも返信があまり来なくなって

本当にこういう気持ちになるのです。