this worthless life

思ったことをそのまま書きます

健康診断は今年も受けない

友人に会って、父のことを話した。今年になって、1週間ごとに目に見えて悪くなっていったこと。5月に入ると全く歩けなくなり、話すのも困難になり、先日とうとう誤飲性肺炎で入院したこと。「一度先生に病状を聞いてみた方がいい」というので入院先にいき、先生に会った。

「”今年になって”ではなく、もう大分前からかなり悪くなっていました。元気だったのは最初だけで、認知症がどんどん進んできました。”2週間ほどの入院”といいましたが、高齢者の場合、初めに入院期間3週間と言っておいて2週間で退院すると、3週間と言ったじゃないか、と家族から苦情がでる場合が多いので少なめに言っただけです。実際は2週間の退院は無理です」

同居をしている家は予定より早く退院すると、病院へ苦情を申し立てるらしい。うちはグループホームにいるから何日入院しようと関係ない。要介護1を先生に頼み込んで要介護2にしてもらい、退院すると言ってだまして着の身着のままグループホームへ入れた。実際は要介護1で元気だったから、父は当然激怒した。入ってからは正月であっても一度も家に帰ることもなかった。父は果たして長生きしたいと思っているのか。そんなことを考えていると、カフカの「変身」の主人公は虫になって長生きしたいと思ったのか。そういう疑問が出てきた。黒澤明の「生きる」を見てから、ずっとカフカが頭の片隅に残っていた。

もうかなり前に夫とカフカ「変身」の話をしたことがある。「彼はなぜ虫なったと思うう?彼はもともと虫のような生活をしていたんだ。だから虫になった」「あぁ。山月記と同じね」私の感覚とは違うような気がしたけれど、その時はそれで終わった。

カフカ「変身」を再読して、今なら彼の考えとは違っているとはっきりということができる。虫になって最初に考えたのは出張のこと、仕事のこと。日の出前から日が暮れるまで家族のために長時間の仕事をしていた。会社に従順で虫のような生活をしていたから虫になった。ここまでは夫と同じ。

内航船で働き、家族のためにお金を送っていた父も、同じように虫のような生活をしていた。そしてある日突然、毒虫になった。老人なんて害虫であり、認知症の始まった老人なんて、関わったらこちらまで毒が廻って来て大変な目にあう。認知症の老人は毒虫。毒虫になっても独居老人は食事を買ってきたり、友人がゲートボールに誘ったりしていた。それなりに暮らしていた。自分の頭がだんだんおかしくなってきたということも分かっていた。「恥ずかしい話だけど、だんだん色々なことをわすれてきているんだ」

ヴァイオリンをもって自分の部屋へきてもらいたいとほのめかそう

一緒に暮らしたいと言ってきた。私は義理の母と同居しているし、他人と暮らすことが大変なことを知っているから、義理の姉に父の面倒を見てもらおうなんて考えていなかった。父は事故を起こして入院した。

「 わたしたちはこいつから離れなければならないのよ」
「こいつはお父さんとお母さんとを殺してしまうわ」

毒虫の面倒なんか見ていたらこちらが死んでしまう。

それでグループホームへ入れた。

絶望とこの状態を悲しむことで毒虫は何も食べなくなって弱ってしまった。

死んだあと、家族は温かい陽が降り注ぐなか、自分たちの素晴らしい未来について話し合った。

父をグループホームに入れた後、すぐに兄夫婦が父が住んで居た家に引っ越してきて、幸せに暮らしている。

これってまるっきりうちの家族だし、カフカの変身そのままだ。

会社であっても、会社のために従順に長時間仕事をして、ある日失敗して毒虫になって部署を変えられる。そしてその部署で毒虫なりに生きようとする。退職するときは箒で履くように辞めてもらう。そしてその人の辞めた後は若い新人が入ってきて、素晴らしい未来について話し合う。

学校であっても異端者は毒虫としてはじき出される。退学し『不登校・中退』の塾に行き、女中が毒虫を蔑視したように、先生から蔑視、憐憫され、娘は草原に呼び出していった。

カフカは理不尽な社会の現実を書いている。

家族のため、会社のため、そんなのは自己満足であり思い上がりだ。

黒澤明の「生きる」はそんな理不尽な社会で、本当にやりたいことをして、自分の中の幸せを見つけて死んでいった。

「今の自分にできることで、悔いのないように」

友人はそう言った。悔いのないようにすることはできない。この罪悪感は多分私が死ぬまで拭い去れない。

市役所から健康診断の申し込みが届いた。健康診断は今年も受けない。

健康に気を使っている自分が滑稽に思えてくるから。

長生きしたいなんて思わないから。