this worthless life

思ったことをそのまま書きます

ボブ・ディランのノーベル賞受賞講演をニュースで聞いて思ったこと

『ボブディラン』の名前を初めて知ったのは多分、ガロの「学生街の喫茶店」の歌詞からだと思う。『街角で聞いていたボブディラン』。ボブディランそのものは名前しか知らなかった。

その次に印象に残っているのは、伊坂幸太郎アヒルと鴨のコインロッカー』で主人公がボブディランの「風に吹かれて」を口ずさんていた。最初に小説を読み、そのあと映画を観た。そのとき「風に吹かれて」の曲を聴いた。どこかで聴いたことのある曲だった。

反戦歌と言うと、私の中ではジョンレノンの「ハッピークリスマス」の印象が強い。日本では岡林信康とか杉田二郎。二人とも、ラジオの深夜放送から覚えた人で、私の時代にはもう第一線ではいなかった。

彼が強い影響を与えた文学作品として『白鯨』『西部戦線異状なしホメロス叙事詩オデュッセイア』を挙げた。

私は白鯨もオディッセイアも読んでいない。『西部戦線異状なし』はテレビの名画劇場で観た。反戦映画というと一般的には「火垂るの墓」とか「7月4日に生まれて」とか「プラトーン」が出てくるが、私にとって反戦映画は20代前後に観た「西部戦線異状なし」だった。

ネタバレをすると、ドイツの教室で先生が国のために戦う戦争の素晴らしさを教えていた。その言葉に感銘を受けた生徒たちが何人も戦争に志願した。しかしそこで観たのは戦争の悲惨さだった。休暇をもらって故郷に帰ると、先生は同じように戦争の素晴らしさを教えていた。彼が戦争の惨さを語りだすと追い出されてしまう。そしてまた前線で戦うことになる。人間の心を失いかけたとき、ふと近くに蝶がいることに気付く。蝶の近くに手を伸ばした瞬間、撃たれて死んでしまう。そのあと本部に報告をする。「西部戦線異状なし」。戦争にとってたった一人の命などとるに足らないものだった。

中上健次の「19才の地図」で「人間の思考の基本は19歳までに作られる」とか言ってたような。だいぶん昔に読んだので忘れた。たしかそんなことを書いていた。やはり20歳前後に観たNHKの「この世はすべて舞台」というBBC制作のドキュメンタリーがあった。シェイクスピアの「お気に召すまま」のセリフ「この世はすべて舞台。そして男も女もみな役者に過ぎない」からとったもので、何回かにわたって放送された。古代ギリシャの演劇から始まってシェイクスピアに続きコメディフランセーズやアクターズスタジオまで演劇の歴史を教えてくれたものだった。めちゃくちゃ感動をしたのを覚えている。

歌と文学は違う。歌は読まれるのではなく、歌われることを意図してつくられている。シェイクスピアの言葉はステージで演じられることを意図されている。それはちょうど歌が、ページの上で読まれることではなく歌われることを想定しているのと同じように。

歌と文学は違う。文学はページを開いて自分自身で読まなくてはならない。歌は自然と耳から聴こえてくる。どんな状況であっても、どんな時代にも、自分の生きてきた人生の風景にはいつも音楽があった。

私のまわりにはボブディランの音楽ではなく、ボブディランに影響を受けた人の音楽があった。

歌が人の心を動かしたなら、大事なのはそのことだけだ。私は歌の意味を知る必要はない。全てを曲に込めている。

私はボブディランの音楽をよく知らない。ノーベル賞をとっても聴こうとしなかった。近いうちにゆっくり彼の音楽を聴いてみたいと思っている。