this worthless life

思ったことをそのまま書きます

父親の死

 

 筋肉とはすごいもので、歩くこと、食べること、表情を作ること、声を出すこと、息をすること、そして心臓を動かすこと、これらの働きを全て行っている。

 

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全く歩けなくなって、顔の表情が硬直していた。ホームの人から「時々不整脈になる」と言われた。寝るばかりして動かないから、筋力がなくなって身体機能が低下してきた。

入院する一週間前に車椅子を押してお墓参りに行った。私が水をかけようとすると「わしがやる」と言って、突然立ち上がった。お父さん、立つことができるの?そして立ち上がって水をかけた。「わし、ここに来たかったんだ」。

 入院をした後、6月4日になって、とうとう飲み込む行為ができなくなってしまった。その日から点滴2本だけの生活が始まった。点滴だけなら1か月持つかどうか。胸が痛いと言っていた。6月の末には目を開けたり、閉じたりするだけで、口を開けて話すのが困難になったようだった。7月になり、7月まで生きることができた、と思った瞬間に亡くなった。兄から電話をもらい、私が行ったときにはすでに亡くなっていた。

「元気だったのに容態が急変した」

そう言って親戚に電話をし始めた。

葬儀場に行き、葬式の手続きが始められた。父の弟がやってきて「ホームに入ったことも他の人から聞いて知った。入院していたことは知らなかった。それでお前たちはなぜあの家に住んでいるんだ」「なぜ友達や近所は呼ばないんだ」と苦情を言い出した。夫が息子に電話をし「来なくていいから」「結婚式だって親戚は5人しかこなかったんだぞ。異常だと思わないか?お母さんはどちらでもいいと言ったけれど、来なくていいということだ」。息子は「仲が悪いとか、親戚がどうだとかそんなこと関係ない。とにかく行くから」。そう言ってその日のうちに帰ってきた。

弔問客は7人。15人だけの小さな葬式が行われた。

不思議なことに少しも悲しくなかった。涙も全くでなかった。父は亡くなって幸せになったんじゃないのか。むしろ亡くなった方が幸せだったんじゃないのか。

 

「それって楢山節考と同じ、姥捨て山じゃない?」

「そう。捨てたの。父親を捨てたの」

 

先日友人とこういう会話をした。騙してホームに入れたときから、父の人生は亡きものと同じだった。

「わしが死んだら、お前はこの家に入ることはできなくなる。わしが生きている間に欲しいものがあるなら持って帰れ」

お父さん。要るものなんてないよ。結局、私もお父さんと同じように、あの家からは出されたんだけどね。

遺体は病院からすぐ葬儀場に運ばれ、父はホームに入ってから一度も自分の家に帰ることはなかった。亡くなって、骨になって、やっと家に帰ることができた。

 

ごめんなさい。

 

お金を貯めるばかりで使わない父を、私は若い頃なじった。父とは喧嘩ばかりしていた。思春期になり口を利かなくなった。

母が亡くなってしばらくは一人暮らしを満喫していたのが、年をとり、孤独になってからおかしくなり始めた。老人は孤独で寂しさを感じだすと認知症が始まる。異常を感じた隣家の人や友達が頻繁にゲートボールやらに誘うようになった。

「こんなところにいたの?ゲートボールに誘いに行っても、最近鍵が閉まったままだから心配していたのよ」

事故を起こして総合病院にいたとき、散歩中に父の友人に会った。

「あなたのお父さん。誘いに行ったらゲートボールってどこでしているのか?と聞いてきたんだよ」

ホームに入った後、海のそばを散歩しているとき、別の友人から声をかけられた。

友人たちはそれぞれに父のことを心配してくれていた。

葬式には隣家の人と自治会長と2人だけ来てくれた。家族葬にするからと呼ばなかった。

天国はお花畑があり、母もいる。多分とても素敵なところ。お父さんはやっと幸せになれる。

 

ごめんなさい。

 

そして今までありがとう。