this worthless life

思ったことをそのまま書きます

『絶望名人カフカの人生論』 感想

「絶望名人」?「名人」?なんだか違和感のある表題を気にしつつ、図書館で借りました。

10代の頃太宰治に心酔していました。有名な三島由紀夫のエピソード。太宰治を囲む酒席で言い放った言葉。

「僕は太宰さんの文学は嫌いなんです」

何かの本でその酒席に居合わせた人がこの時のことを書いていた。

「嫌いなら来なきゃいいじゃないか」

すると他の人もそれぞれ「そうだ。来なきゃいいじゃないか」と言い出した。

場の雰囲気が悪くなったとき

「でも、来てるってことは本当は好きなんだよなぁ」

太宰治がそう言って笑った。すると他の人も笑い、その場は楽しい酒席に戻った。

太宰治は人を笑わせることが好きだったらしい。

カフカも同じで非常に人柄がよくユーモアあふれる人だとWikipediaには書いてあります。
人当たりのいい偽った自分を抹殺したい、自分の虚無感。小説の中では自分を簡単に殺すことができる。それも悲惨な死に方で。小説の中で自分自身を抹殺することである種の悦びを得ていたのだと思う。

ギリシャの哲学者アリストテレスは、「その時の気分と同じ音楽を聴くことが心を癒す」と主張しました。つまり、悲しいときには、悲しい音楽を聞く方がいいというのです。



カフカを10代の頃読んだときは、心に何か残るものがあった。それから何十年も経ち様々な経験や体験をし、酸いも甘いも噛み分けて再びカフカを読んだとき、カフカの解釈ができるようになったのではと考える。

左の解説は邪魔。カフカの言葉をどう解釈するかは自分次第。

生きることは、絶えずわき道にそれていくことだ。本当はどこへ向かうはずだったのか。ふりかえってみることさえ許されない。



これは生きていくうえで誰もが経験しているのではないだろうか。絶えずわき道にそれながら足掻きながら生きている。絶望。

そういう絶望の中で、悲惨な死を迎える小説を読む滑稽さ。
カフカの小説をもっと読みたくなりました。

まっ、今は「絶望」ではありませんが...。

 

絶望名人カフカの人生論 (新潮文庫)

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